東京高等裁判所 昭和50年(う)1039号 判決 1979年3月19日
控訴人 被告人
被告人 浅村成久
弁護人 三木今二 外一名
検察官 河野博
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年および罰金四、〇〇〇万円に処する。
被告人において右罰金を完納し得ないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人三木今二、同大塚正民共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官粟田昭雄作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、次のとおり判断する。
一 控訴趣意第一、第二点(法令解釈の誤り、事実の誤認を主張する論旨)について
所論は、まず、原判決は所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」とは真実の所得を隠ぺいし、それが課税対象となることを回避するため、所得をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出する行為それ自体をいうと解すべきであると判示するけれども、本件のように、単純な計算ミスあるいは不注意などによる「結果としての過少申告」と偽りその他不正の行為としての所得隠匿行為にもとづく過少申告とが併存する場合においては、同法にいう「偽りその他不正の行為」とは、過少申告行為そのものではなく、所得隠匿行為としての架空経費の計上等をいうと解すべきであり、従つて、本件においては、経費として被告人が公表計上した各勘定科目中、<1>その他直接費の計上、<2>未払金の計上(ただし、ラグナー関係のみ)、<3>印紙料の計上のみが偽りその他不正の行為として把えうるのであつて、その他のものは、これには該当しないにも拘らず、原判決が、偽りその他不正の行為としての過少申告と、結果としての過少申告との区別をせず、単なる計算ミスあるいは不注意等によつて、申告もれとなつた所得(昭和四四、四六年の両年についての国税還付加算金がその典型である。)や、逆に過大に計上してしまつた経費をも含めて、逋脱所得を算出認定したのは、同法二三八条の解釈を誤り、ひいては事実を誤認したものであり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
(一) そこで検討してみるのに、所得税逋脱犯は、故意犯であるから、犯罪が成立するためには、故意すなわち、脱税の認識を必要とするが、その認識は、逋脱金額がいくらであるか、あるいは、逋脱金額の計算の基礎となる所得について、いくら所得を圧縮したかについての具体的な金額までを認識する必要はなく、また、同犯は、一年度間における所得税の逋脱をもつて構成する単純一罪であるから、必ずしも、各勘定科目ごとに個別的な脱税の認識があることを要しないものと解すべきである。しかしながら、所得税逋脱犯の故意が、右のように具体的又は個別的な脱税の認識である必要がないというのは、免れた全税額につき全体として脱税の認識が認められれば足りるという趣旨であつて、故意に所得を隠匿する行為とは無関係に生じた収入の過少記載又は経費の過大記載によつて生じた所得の過少申告分をも包含する趣旨に解すべきではない。従つて、右のような所得の隠匿行為とは無関係に生じた誤記、誤算又は不注意や思い違い等に基づく過少申告によつて免れた所得税額は、所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」により免れた所得税額には含まれないと解するのが相当である。
これを本件についてみてみるのに、原判決が挙示する関係証拠によれば、正規の税務会計原則に従つて計算した被告人の昭和四四年ないし昭和四六年分の総所得金額が、原判決書添付別紙第一ないし第三の各修正損益計算書に記載されているとおりであることが認められるところ、原判決は、昭和四四年分については、右別紙第一、修正損益計算書の各勘定科目のうち<4>査証料七七七四円、<5>交通費六万六五五八円、<16>諸会費八六六〇円、<30>保険料二〇万五〇五一円、<33>図書購入費一万三一四五円、<40>給食費一、八〇〇円、<41>諸雑費一万〇三六三円、<49>手形割引料一〇万八七四七円、<50>支払利息一〇三万二六三九円、<57>雑収入二二万二二三七円、<59>配当収入一五万三九四五円、<61>国税還付加算金一〇五万七六〇〇円、<62>貸付金利息収入八一万六三九九円、<63>前払金利息収入四〇万〇四一九円、<64>社債償還差益三万五〇〇〇円についても、また、昭和四五年分については、同別紙第二、修正損益計算書の各勘定科目のうち、<1>売上金一三六万九六〇八円、<2>外国送金二〇円、<3>通信費一六万〇九三〇円、<4>査証料八七七八円、<5>交通費七〇万三〇一〇円、<10>福利費二〇八八円、<14>電話料三一五二円、<30>保険料一六万二二四七円、<38>支払手数料七五七〇万〇三五五円のうち三〇〇万円(検察官冒頭陳述書添付別紙第五逋脱所得の内容、<38>内訳<ロ>の部分)<40>給食費三六九〇円、<56>雑収入四四万九四五一円、<58>配当収入一八万三四三九円、<60>貸付金利息収入五九万三二一七円、<61>前払金利息収入一〇万三八九五円、<62>社債償還差益三万五〇〇〇円についても、さらに、昭和四六年分については、同別紙第三、修正損益計算書の各勘定科目のうち、<2>外国送金三七八五円、<3>通信費七六五〇円、<4>査証料一二八〇円、<5>交通費四万〇八四〇円、<30>保険料一一万九五七六円、<37>支払手数料六五二六万二四三九円のうち九〇万〇〇二〇円(前記冒頭陳述書添付別紙第六逋脱所得の内容<37>内訳<ロ>、<ハ>の部分)<57>雑収入四六万五四一六円、<62>国税還付加算金一八万七一〇〇円、<63>貸付金利息収入二〇万三八五三円、<65>前払金利息収入六万四七五八円についても、これらを被告人の逋脱所得として算定している。
しかしながら、証人稗田博、同岡本亀喜、同岩田幸昭、同安東仁一郎、同立野稔治、同大津方男(後記措信しない部分を除く。)の原審公判廷における各供述、松崎裕子作成の昭和四七年二月八日付上申書(検察官証拠申請目録甲(一)45)、大蔵事務官作成の昭和四七年一〇月一八日付銀行調査書(甲(一)71)、松崎裕子作成の同年八月一〇日付上申書(甲(一)31)、阿部百合子作成の同年一〇月二五日付上申書(甲(一)43)、大蔵事務官作成の同年一〇月二六日付雑収入に関する調査書(甲(一)65)、本田克之作成の同年五月一七日付上申書(甲(一)51)、大蔵事務官作成の昭和四八年九月一〇日付証明書(甲(一)61)、大蔵事務官作成の昭和四七年八月三〇日付調査書(甲(一)69)、大蔵事務官作成の同年一一月六日付有価証券調査書(甲(一)70)、大蔵事務官作成の昭和四九年五月二八日付社債償還差益の計算と題する書面(甲(一)70の2)、大蔵事務官作成の昭和四七年一二月五日付昭和四五年売上金に関する調査書(甲(一)67)、大津方男作成の昭和四七年六月二八日付上申書(甲(一)29)、松崎裕子作成の同年九月一九日付上申書(甲(一)38)、大蔵事務官作成の同年一〇月一八日付銀行調査書(甲(一)73)、大蔵事務官作成の昭和四八年九月一〇日付証明書(甲(一)62)、に押収してある昭和四四年、四五年、四六年分所得税確定申告書控各一袋(東京高裁昭和五〇年押第三八七号の二六ないし二八)、大津方男の大蔵事務官に対する昭和四七年九月一一日付(甲(一)19)、同年一〇月一七日付(甲(一)20)各質問てん末書、松崎裕子の大蔵事務官に対する昭和四七年一〇月一八日付(甲(一)21)質問てん末書を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(1) 昭和四四年分について検討してみるのに、原判決添付別紙第一修正損益計算書の各勘定科目のうち<4>査証料七七七四円は、大使館から査証取消により被告人に返戻された金額であるから、査証料勘定から差引くべきところ、不注意により、誤つて差引かないで決算されていた金額の合計であり、<5>交通費六万六五五八円は、被告人の事業所負担の従業員に対する通勤費の戻り金を入金しながら、不注意により誤つてこれを交通費勘定から差引かずにそのまま計上した金額(うち、昭和四四年四月二日入金の一万六九五〇円については、入金伝票作成を失念したもの)の合計額であり、<16>諸会費八六六〇円は、金銭出納帳の諸会費勘定のうち立替払分の現金入金分を不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<30>保険料二〇万五〇五一円は、被告人が従業員の名義を使用して住友生命保険相互会社と締結した退職金保険契約に基づき、被告人の負担で支払つた保険料であるが、被告人の事業所においては、従業員が退職した場合、その者に対して当該保険金を交付することにしていたのであつて、これを被告人が取得する意図がなかつたにも拘らず、その保険料を損金として計上したのは、被告人が経理処理についての会計原則を誤解したことによるものであり、<33>図書購入費一万三一四五円は、昭和四四年三月八日に私用図書購入分として被告人の事業所へ現金入金された一万三一四五円を不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<40>給食費一八〇〇円は、給食費の自己負担分として昭和四四年八月六日現金入金されたのを不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<41>諸雑費一万〇三六三円は、他人が使用したゼロツクス使用料が現金入金されたのを不注意により誤つて、雑収入に計上せず、又諸雑費勘定から差引かなかつたものであり、<49>手形割引料一〇万八七四七円は、公表の手形割引料について、不注意により誤つて重複計上してしまつたものであり、<50>支払利息一〇三万二六三九円は、三井康秀に対する貸付金の収入利息五〇万円と修正確定申告に対する延滞税五三万二六三九円を不注意により誤つて支払利息に計上してしまつたものであり、<57>雑収入二二万二二三七円は、被告人が従業員の名義を利用して加入した生命保険の奨励金一〇万一七九三円、生命保険事務代行手数料三一三三円及び団体定期保険配当金一一万七三一一円の収入を不注意により誤つて雑収入に計上しなかつたものであり、<59>配当収入一五万三九四五円は、配当収入のうち大阪電気暖房株式会社の株式六八四二株に対する配当金一五万三九四五円を不注意により誤つて計上しなかつたものであり、<61>国税還付加算金一〇五万七六〇〇円は、被告人の前年度分所得税の還付加算金として所轄の税務署で確定していたもので、被告人が昭和四四年五月一二日に前年度分の修正確定申告書を提出したため、右還付加算金が自動的に修正申告の本税分に充当されたが、これを所得として計上するのを忘れたものであり、<62>貸付金利息収入八一万六三九九円は、被告人が従業員清水徹男、後藤武夫、中村重信、河野育弘、西岡靖博、宮崎峰雄、田中達雄、藤原正、取引先の(株)六興社および友人三井康秀からそれぞれ貸付金の利息として受領した金員の合計八一万六三九九円を不注意により誤つて収入に計上しなかつたものであり、<63>前払金利息収入四〇万〇四一九円は、被告人が日興証券東京営業部等との間でなした社債、公社債等の取引に関し、各取引証券会社に対して支払つた前払金の受取利息を不注意により誤つて収入として計上しなかつたものであり、<64>社債償還差益三万五〇〇〇円は、被告人が社債償還差益算定に関する計算式を知らなかつたことによる申告漏れ分であることが認められる。
(2) 昭和四五年分について検討してみるのに、原判決書添付別紙第二修正損益計算書の各勘定科目のうち<1>売上金一三六万九六〇八円は、公表売上金額に集計誤算があり、その結果実際の総売上金額より右金額分だけ過少に計上されたものであり、<2>外国送金二〇円は、被告人が昭和四五年九月二一日送金した六〇万三一五六円を元帳に誤つて六〇万三一七六円と記帳されたため、二〇円が過大に計上されたものであり、<3>通信費一六万〇九三〇円は、被告人が立替払をしていた日本国際特殊事務所連盟郵券立替代等の戻り金(昭和四五年四月一六日五一〇円、五月一一日一二〇円、九月一八日三〇〇円、九月二五日一六万円)を思い違いにより誤つて損金として計上したものであり、<4>査証料八七七八円は、前記の前年における場合と同様に査証取消による戻り金の一部を誤つて査証料勘定から差引かなかつたものであり、<5>交通費七〇万三〇一〇円も、前記の前年における場合と同様に交通費の戻り金の一部を誤つて交通費勘定から差引かなかつたものであり、<10>福利費二〇八八円は、社会保険の個人負担分二〇八八円の現金入金があつたものを誤つて、福利費から差引くのを忘れたものであり、<14>電話料三一五二円は、電話料中に含まれていた私用電話の戻り金を不注意により誤つて差引かず、そのまま計上してしまつたものであり、<30>保険料一六万二二四七円は、前記の前年における場合と同様の事情により計上したものであり、<38>支払手数料の経費計上については後に検討するが、この七五七〇万〇三五五円のうち三〇〇万円は、被告人事務所の経理担当事務員松崎裕子が、所得税の確定申告にあたつて、元帳には昭和四五年四月分の支払手数料として、三一一万円と計上されているのを決算書の経費明細書へ移記する際に、誤つて六一一万円と記載してしまつたことによる差額分であり、<40>給食費三六九〇円は、前記の前年における場合と同様に自己負担分として被告人事務所へ入金された分を不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<56>雑収入四四万九四五一円は、前記の前年における場合と同様に生命保険の奨励金、同保険事務代行手数料収入や、外国送金等に関する経費の戻り金、公報売却収入、スクラツプ売却収入、ゼロツクス貸与収入、手数料収入等を誤つて計上しなかつたものであり、<58>配当収入一八万三四三九円は、大阪電気暖房(株)の八四一五株についての配当収入を不注意により誤つて計上しなかつたものであり、<60>貸付金利息収入五九万三二一七円は、清水徹男、後藤武男、中村重信、河野育弘、西岡靖博、宮崎峰雄、浜岡直、山田勉、宮崎鉄郎、藤原正、三井康房、三菱地所からの貸付金利子収入が一九四万〇二三〇円あつたのを計算を誤つて、一三四万七〇一三円と計上したことによる差額であり、<61>前払金利息収入一〇万三八九五円は、前記の前年における場合と同様に社債等の取引に関し、被告人が支払つた各取引証券会社に対する前払金の受取利息を誤つて収入として計上しなかつたものであり、<62>社債償還差益三万五〇〇〇円は、前記の前年における場合と同様にその計算方法を知らなかつたことから生じたものであることがそれぞれ認められる。
(3) 昭和四六年分について検討してみるのに、原判決書添付別紙第三修正損益計算書の各勘定科目のうち<2>外国送金三七八五円は、昭和四六年五月二八日外国へ送金した三七八五円を元帳集計段階で、誤つて六月分小計にも加算してしまつたものであり、<3>通信費七六五〇円は、アジア弁理士協会使用の電話料七六五〇円が昭和四六年六月八日に現金で入金となつていたところ、これを不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<4>査証料一二八〇円は、査証料変更のため被告人に返却された金員を不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<5>交通費四万〇八四〇円は、前記の昭和四四年における場合と同様に従業員に対する通勤費の戻り金を入金しながら、これを交通費勘定から不注意により誤つて差引かなかつたものであり、<30>保険料一一万九五七六円は、前記の昭和四四年における場合と同様に経理処理についての会計原則の誤解により、誤つてこれを経費として計上してしまつたものであり、<37>支払手数料六五二六万二四三九円のうちには、被告人が昭和四六年八月二四日八王子市散田町六一八番の土地の売却手数料として株式会社三京商事へ支払つた九〇万円を誤つて二重に経費として計上したもの及び昭和四六年一一月分の立替金勘定を支払手数料に振替処理した際、計算を誤つて二〇円だけ過大に計上してしまつたものが含まれており、右合計九〇万〇〇二〇円は、後述する支払手数料に関する架空経費の計上分と全く無関係に生じた計算上の誤りに基づくものであり、<57>雑収入四六万五四一六円は、前記の昭和四四年における場合と同様に生命保険の奨励金、団体定期配当金や外国送金に関する経費の戻り、自動車事故損害受入金等の収入を不注意により誤つて雑収入に計上しなかつたものであり、<62>国税還付加算金一八万七一〇〇円は、前記の昭和四四年分における場合と同様の事情により、所得として計上するのを忘れたものであり、<63>貸付金利息収入二〇万三八五三円は、前記の前年における場合と同様に、従業員、友人、取引先から入金のあつた貸付金利子合計額を誤算した結果、公表計上額との間に生じた差額であり、<65>前払金利息収入六万四七五八円は、前記の昭和四四年における場合と同様に、社債等の取引に関し、取引証券会社から被告人が受取つた前払金の受取利息を不注意により誤つて収入として計上しなかつたものであることがそれぞれ認められる。
右(1) ないし(3) で認定したように、原判決が認定した被告人の逋脱所得のうち、前記各金額については、いずれも、被告人の故意に基づく所得の隠匿行為とは無関係に生じた誤記、誤算又は不注意や思い違い等による収入の過少記載又は経費の過大記載であることが認められる。そして、記録を検討しても、他に、右各金額について、被告人又は被告人の事務所の経理担当責任者大津方男が、被告人の所得圧縮の手段として、ことさら経費を過大に計上し、あるいは収入そのものを隠匿したと認むべき証拠は存しないのである。
(二) 所論は、原判決が本件のいわゆる「支払手数料」の経費計上について、右は、これに関連する公租公課の勘定科目分も含め、いずれも被告人の事業に対応する経費ではなく、これを経費であるかのように仮装して計上したにすぎない被告人の所得隠ぺい工作である旨認定判示しているが、被告人は、右支払手数料を経費として計上することが合法的節税方法であると信じていたのであるから、逋脱の故意を欠くものであり、原判決はこの点においても事実の誤認がある旨主張する。
そこで検討してみるのに、原判決挙示の関係証拠、なかんずく、大津方男の大蔵事務官に対する昭和四七年三月二三日付、同月二九日付、同年四月一九日付、同年九月一一日付、同年一〇月一七日付各質問てん末書及び検察官に対する昭和四八年二月一四日付、同月二〇日付、同月二七日付各供述調書、浅村皓の大蔵事務官に対する昭和四七年三月二三日付、同年八月二五日付、同年九月一三日付各質問てん末書及び検察官に対する昭和四八年二月二六日付供述調書、浅村肇の大蔵事務官に対する昭和四七年三月二三日付、同年八月二五日付、同年九月一二日付各質問てん末書及び検察官に対する昭和四八年二月二三日付供述調書、小澤慶之輔の大蔵事務官に対する昭和四七年三月二三日付、同年八月二三日付各質問てん末書及び検察官に対する昭和四八年二月二三日付供述調書、小澤紀子の大蔵事務官に対する昭和四七年三月二三日付、同年八月二三日付各質問てん末書、検察官に対する昭和四八年二月二四日付供述調書、家森賢道の検察官に対する同年二月一七日付供述調書、小池辰男の検察官に対する昭和四八年二月二七日付供述調書、林吉一の検察官に対する同月二八日付供述調書、松崎裕子の昭和四七年一一月八日付上申書(甲(一)45)、大蔵事務官作成の昭和四八年二月二八日付支払手数料に関する調査書(甲(一)76)、証人立野稔治、同大津方男、同浅村皓の原審公判廷における各供述、押収してある元帳三冊(東京高裁昭和五〇年押第三八七号の二、四、六)、昭和四四年ないし昭和四六年分所得税確定申告書控三袋(同押号の二六ないし二八)、手帳一冊(同押号の五四)及び被告人の大蔵事務官に対する昭和四七年三月二三日付、同年五月八日付、同年八月二六日付、同年九月一四日付各質問てん末書、検察官に対する昭和四八年二月一九日付、同年三月一日付供述調書を総合すると、<1>被告人は、弁理士であつて、浅村内外特許事務所を経営し、弁理士その他の従業員多数を雇傭して弁理士業務を行つているものであるが、事業上の不測の事態、ことに顧客から依頼された出願手続上の過誤等により、多大の損害賠償を請求されたり、そのために得意先を失い、収入が激減するなどの事態の発生にそなえ、これに対処し得るための財政基盤を築いておくため、資金、資産の蓄積を図る必要があると考え、真正な納税申告をしていては被告人の所得の増加に伴い累進税率によつてその納税額もふえ、右資金、資産の蓄積に支障をきたすところから、所得を隠匿して所得税の負担を減らそうとしたこと、<2>被告人は、その事業収入のうち国内のものは源泉徴収されているものが多く、また、外国の依頼人からの収入も為替管理の対象となつているため、いずれも税務当局からの税務調査等により収入の実態を把握されやすく、収入面でのごまかしができにくいことから、架空の水増経費の計上などの費用面での経理操作によつて所得を隠匿しようと考え、昭和三一年ころより事務所の経理担当責任者大津方男にその旨指示し、経理操作の具体的方法を検討させたこと、<3>被告人は、昭和四一年ころに至ると、被告人の売上が上昇し、所得が激増したことから、大津の進言を容れ、同人をして、実際には手数料を支払つた事実はなかつたにも拘らず、次男皓、女婿小潭慶之輔、三男肇(昭和四四年以降)に対して手数料を支払つたかのごとく仮装して、出金伝票を作成し、右三名の名義による定期預金を設定し、これを被告人が大津から受取つて管理したり、現金で受取つて絵画等を購入したりしていたこと、<4>右三名の所得税確定申告も右大津の手で行い、右支払手数料に対応する事業所得を計上して申告し、その結果、右三名の名義により納付した所得税、事業税などに相当する金額についてまでも、あらためて被告人の支払手数料として計上したり、一たん立替払として計上したうえ、決算確定申告時に「支払手数料」や「公租公課」の勘定科目に振り替えたりしていたこと、<5>被告人は、次男皓ら右三名の名義で設定される定期預金が支払手数料として経費計上されることは、その都度自ら決済して知つていたこと、<6>被告人は、本件査察開始後ミーテングと称し、大津や皓ら関係者を集め、右支払手数料が実際に右皓ら三名に特別賞与等の名目で支払われていたように供述を合せるよう打ち合わせたことが認められる。
右事実によれば、右支払手数料の計上は、被告人において、これが許されないものであることを認識しながら、ことさら被告人の所得を隠匿するための経理処理の方法としてなしたものであることが明らかである。
なるほど、大津及び被告人は、原審公判廷において、右支払手数料の経費計上が、合法的節税方法の一つであると信じていた旨所論にそう供述をしている。しかしながら、右各供述は、前記認定の事実及び被告人の検察官に対する昭和四八年二月一九日付供述調書中で被告人自身、右のごとき支払手数料を支払う形式をとることにより、被告人の所得が減るものの、逆に皓らの所得が増えることになるが、累進税率の関係で、被告人の支払う所得税の総額が減るので、いささか気がとがめる思いをしながら、右のような架空の経費を計上することにより得た金を被告人の事務所の基金の一部として蓄積していた旨供述していることに照らして、にわかに措信することはできないのである。
そうだとすると、原判決が被告人の逋脱所得と算定した昭和四四年分の支払手数料勘定科目の八二三〇万七三二一円、昭和四五年分の同科目のうち、前記(一)で指摘した三〇〇万円を控除した七二七〇万〇三五五円及び昭和四六年分の同科目のうち、前記(一)で指摘した九〇万〇〇二〇円を控除した六四三六万二四一九円は、いずれも、被告人が所得圧縮の手段として架空に計上したものと認めるのが相当である。
(三) 以上に摘示した以外の各経費勘定科目のうち、所論(控訴趣意補充書における主張を含む。)が「偽りその他不正の行為」による計上ではないと主張する分について検討する。
前掲各証拠に加えて、細川房子作成の上申書五通(甲(一)46ないし50)、大蔵事務官作成の昭和四八年二月二八日付調査書(甲(一)77)、同年二月二七日付調査書(甲(一)74)、同昭和四七年一〇月二六日付調査書(甲(一)64)、押収してある仮払伝票一袋(同押号の四一)、同昭和四五年分領収書綴一綴(同押号の三〇)を総合すると、前記(一)及び(二)で摘示した以外の各経費勘定科目は、後記のように、被告人が公表計上した経費のうち、原判決が正当な経費と認めず、その結果、被告人の逋脱所得と判断した各金額については、いずれも、それが所得の隠匿行為と無関係に生じたものとは認めることができないのであつて、この点に関する原判決の判断は相当である。すなわち、
(1) 原判決書添付別紙第一修正損益計算書勘定科目<6>交際費について
被告人は、昭和四四年分の所得に関し、交際費四〇五〇万三九二二円を経費として公表計上しているが、その内には、事業経費となし得ない被告人の個人的な交際費等を含む使途不明出金八〇八万九八〇〇円が含まれているが、被告人の事務所の経理担当責任者である大津においては、被告人の使う金は、とりあえず事務所の仮払として支払つておき、あとで事業に必要なものとそうでないものとを区別して清算する建前をとつていたところ、被告人は、昭和四四年ころの被告人の収入が激増したことから、事業に関係ない支払が含まれていることを知りながら、これを含めて交際費として公表計上したのであり、このような経理処理の方法が許されないことは、十分承知のうえ、専ら経費の過大計上によつて、被告人の所得を圧縮する手段としてなしたものであるといわざるを得ないのである。
(2) 前同別紙第一、第二各修正損益計算書勘定科目各<45>及び同別紙第三修正損益計算書勘定科目<44>の各未払費用について
大津は、前記認定のように、被告人から昭和三一年ころ架空、水増経費の計上などの指示を受け、その具体的方法を検討した末、米国ラグナー弁理士事務所に対して実際には米国での工業所有権の出願手続を依頼した事実は全くなかつたのに、同事務所へ出願手続を依頼し、これに対する手数料を送金した形式で出金伝票を作成して記帳し、被告人にその出金相当額を現金または貸付信託などにして渡したうえ、決算において、これを「その他直接費」あるいは「未払金」の勘定科目で架空経費を計上していたものである。ところで、昭和四四年分について、被告人が未払費用として公表計上した二八五〇万六九四八円のうち三六〇万円は、右のラグナー弁理士事務所への架空送金分であり、一一七九万二一八四円は、大津において外国の弁理士からの被告人宛請求書に基づき未払金明細書を作成し、一年間に増加した未払金を、それに対応する収入金額を確定することなく、そのまま経費として計上したものであり、被告人が未払費用として公表計上した昭和四五年分の一億二三一九万四三八九円のうちの一〇二一万〇一〇六円、同じく昭和四六年分の三七一四万六一九六円のうちの一八九二万三七五七円も右と同様、被告人の未確定収入金額に対応する未払金をそのまま経費として計上したものである。もともと、必要経費は、収入金額を得るために直接に要した費用等であるから、未払金をこれに対応する収入金額と関係なく費用として公表計上することは、専ら、経費の過大計上によつて、被告人の所得を圧縮する手段に外ならないといわざるを得ないのであつて、単なる会計原則の誤解や経理上の誤謬等に基づくものとは認められない。
(3) 前同別紙第一ないし第三各修正損益計算書勘定科目各<28>の印紙料について
被告人が経費として公表計上した印紙料についてみると、いずれも原判決が被告人の逋脱所得と認定した金額、すなわち、昭和四四年分に関する二二二八万二三五〇円のうちの二一五〇万円については、前記「支払手数料」の水増計上について判示したような経緯から、被告人の指示を受けた大津において、被告人の所得を圧縮すべく水増計上したり、架空計上したものであつて、所得圧縮のための過大経費の計上であることが明らかであり、同年の残りの七八万二三五〇円は、同年中に使用されていない印紙分であり、また、昭和四五年分に関する一八二万六六一五円、昭和四六年分に関する一五三万四四一〇円も当該年度中に使用されなかつた印紙の合算額であつて、所得圧縮の手段としての過大経費の計上であると認められる。
(4) 前同別紙第二修正損益計算書勘定科目<47>什器備品費について
被告人は、昭和四五年分の所得に関し、経費として、什器備品費勘定科目において、三七八万一三三〇円を公表計上したが、そのうちには被告人が同年五月三〇日株式会社ヤナセから購入した自動車(ベンツ)の代金三二四万円が含まれているところ、右支出は、事業用固定資産の取得に要した費用であつて、減価償却されるべき費用である。しかるに、被告人は、同年度においては、これを右のような経費として公表計上しながら、翌昭和四六年において、減価償却費として公表計上した三七六万九五七五円のうちに、右車輛の減価償却費として四三万三二六〇円を組入れていることが認められるのである。そうだとすると、被告人は、昭和四五年分に関する右車輛購入に要した費用が減価償却されるべきものであつて、それが什器備品費という勘定科目で経費として計上することが許されないものと知りながら、あえてこれを経費として計上したものと推認せざるを得ないのである。 (四) 右に検討したように、原判決書添付別紙第一ないし第三の各修正損益計算書の各勘定科目のうち、昭和四四年分に関する前記科目番号<4>、<5>、<16>、<30>、<33>、<40>、<41>、<49>、<50>、<57>、<59>、<61>、<62>、<63>、<64>、昭和四五年分に関する同<1>、<2>、<3>、<4>、<5>、<10>、<14>、<30>、<38>、<40>、<56>、<58>、<60>、<61>、<62>、昭和四六年分に関する同<2>、<3>、<4>、<5>、<30>、<37>、<57>、<62>、<63>、<65>、の各勘定科目の貸方「当期増減金額」欄記載の金額(但し、昭和四五年分<38>は内金三〇〇万円、同四六年分<37>は内金九〇万〇〇二〇円)は、いずれも故意に基づく所得の隠匿行為とは無関係に生じた誤記、誤算又は不注意や思い違い等に基づく収入の単なる過少記載又は経費の単なる過大記載に過ぎないものであるから、右金額に相当する所得分は、被告人の当該年度分の逋脱所得とはならないというべきである。しかるに、原判決は、前記のごとくこれを逋脱所得として認定しており、原判決のかかる認定は、結局所得税法二三八条の解釈を誤り、その結果事実を誤認したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の論旨につき判断するまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
二 以上によれば、本件控訴は結局理由があるから、刑訴法三九七条、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件についてさらに判決する。 (罪となるべき事実)
被告人は、東京都千代田区大手町二丁目二番一号新大手町ビル三三一号に事務所を設けて弁理士の業務を行つているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空経費を計上して簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一昭和四四年分の実際総所得金額が別紙第一記載のとおり五億二六九四万五七三二円あつたにも拘らず、昭和四五年三月一〇日東京都千代田区大手町一丁目九番二号所在の所轄麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が二億九三六一万四九三二円で、これに対する所得税が一億一二四七万九九〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億八七四三万五八〇〇円と右申告税額の差額一億七四九五万五九〇〇円を免れ
第二昭和四五年分の実際総所得金額が別紙第二記載のとおり一億七九六三万五六〇四円あつたにも拘らず、昭和四六年三月一二日前記麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が九六六一万五五七四円で、これに対する所得税額は源泉徴収税額を除くと四〇七一万六五〇四円の還付を受けることとなる旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もつて、右不正の行為により、同年分の正規の所得税額二一四九万八〇〇〇円と右申告税額との差額六二二一万四五〇〇円を免れ
第三昭和四六年分の実際総所得金額が別紙第三記載のとおり三億三〇二〇万八七六三円、分離課税による長期譲渡所得金額が九九四五万二八〇〇円あつたにも拘らず、昭和四七年二月二九日前記麹町税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一億二三一八万三九二四円、分離課税による長期譲渡所得金額が一億〇一四五万二八〇〇円で、これに対する所得税額は、源泉徴収税額を控除すると一一三三万七六六〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もつて、右不正の行為により同年分の正規の所得税額六八七三万一〇〇〇円と右申告税額との差額八〇〇六万八六〇〇円を免れたもの(税額の算定は別紙第四記載のとおり)である。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については免れた所得税額がいずれも五〇〇万円を超えるので、所得税法二三八条二項により罰金額は免れた所得税額に相当する金額以下とし、刑法四八条二項により判示第一ないし第三の罪の右罰金額を合算し、その刑期および罰金額の範囲内で処断すべきところ、情状について検討してみるのに、本件は、弁理士および事務職員の数が数一〇〇名を超える我が国有数の特許事務所である浅村内外特許事務所を経営していた被告人が、同事務所において経理事務を担当していた大津に指示し、あるいは同人からの進言を容れて、架空経費を計上するなどして被告人の所得の一部を隠匿して、昭和四四年から昭和四六年までの三年間に合計三億一、〇〇〇万円余にものぼる多額の所得税を逋脱した事案であつて、この種事案の罪質に加えて、所得隠ぺいの態様も悪質であり、著名な弁理士として社会的地位を有する被告人によつて行なわれたものであるだけに、社会に与えた影響も大きく、被告人の刑責は重大であるといわなければならない。
なるほど、本件が被告人の私利私欲のためになされたものではなく、多数の従業員等に対する責任感から不測の事態に対処し、事業を維持するため資金を蓄積しておこうとの考えからなされたものであること、被告人の本件犯行への関与の程度も、細部にわたつて大津を指揮していたとまでは言い切れないこと、被告人は、本件査察後所得の修正申告をなし、本件三年分についての所得税本税、延滞税、重加算税を完納しており、このことは、税逋脱者の当然の義務ではあるとはいえ、それなりに有利に評価し得ること、被告人は、本件発覚後は、右事務所の経理につき専門家である公認会計士に依頼してその正常化を図る一方、右事務所の所長を辞任するなどして謹慎生活を送りつつ本件の非を反省悔悟していること、その他被告人の多年に亘る弁理士としての業績、年令等被告人にとつて酌むべき事情も認められる。しかしながら、前記刑責の重大性にかんがみると、右被告人のために酌むべき諸事情を十分斟酌しても、本件は、罰金刑のみを科すべき事案とは認められない。以上のような一切の事情を考慮して、前記の処断刑の範囲内で被告人を懲役一年および罰金四〇〇〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、前記情状により、同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、刑訴法一八一条一項本文により、原審における訴訟費用は、全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堀江一夫 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)